近年、猛暑日が増加する中で、工場内での熱中症リスクが深刻な課題となっています。特に、気温や湿度が高く、空調が十分に行き届かない環境の工場では、わずかな油断が従業員の命に関わる事故につながりかねません。
本記事では、工場での熱中症が起こる背景とリスク要因を明らかにした上で、現場レベルと管理者レベルの両面から行うべき予防対策を詳しく解説します。
夏本番を迎える前に、ぜひ貴社の熱中症対策を見直すきっかけとなれば幸いです。
日本では毎年夏の気温上昇が深刻化しており、特に7月〜8月にかけては35度を超える猛暑日が珍しくなくなっています。こうした気候の変化は、屋外だけでなく屋内作業にも影響を及ぼし、工場内での熱中症による事故も年々増えている状況です。
工場内では大型機械の連続稼働により室温が高くなりやすく、さらに換気の難しい密閉空間で作業を行うことも多いため、外気温を超える過酷な環境となる場合があります。また、制服や保護具などの着用義務がある職場では、体温の放散が妨げられ、発汗による体温調節が十分に働かないケースもあるでしょう。
厚生労働省の「令和6年『職場における熱中症による死傷災害の発生状況』」によると、令和6年における職場での熱中症による死傷者(死亡・休業4日以上)は、1,257人(前年比151人・約14%増)であり、全体の約4割が建設業と製造業で発生しているとのことです。なかでも中小企業や地方工場では、冷却設備の整備が十分でない、あるいは対策が属人的であることから、事故を未然に防ぎきれない実情も見受けられます。
このように、工場特有の作業環境の課題と気候変動による外部要因が重なり、熱中症の発生リスクはますます高まっています。対策を講じるには、現場の構造的な問題を見直すとともに、熱中症が労災に直結する重大な問題であることを企業全体で共有することが急務といえるでしょう。
工場は一見、屋内のため直射日光の影響を受けにくいように思われがちですが、実際には熱中症のリスクが高い環境に該当します。
以上の3つのポイントから、工場における熱中症の発生しやすい原因について掘り下げていきます。
工場内では、大型機械の連続稼働によって熱が発生しやすく、夏場には空調の効果が追いつかずに室温が著しく上昇するケースが多くあります。とくに鉄鋼や化学、食品加工などの一部業種では、熱源を伴う工程が常態化しており、室温が40度を超えるような極端な環境も珍しくありません。
また、密閉性の高い建物構造や、通気性の悪さも相まって、工場内の湿度が高くなると、体が発汗によって熱を放出する機能がうまく働かなくなります。汗をかいても蒸発せず、体内に熱がこもりやすくなることで、熱中症の危険性はさらに増します。
工場では、安全性や衛生管理の観点から、作業服・ヘルメット・保護具の着用が義務付けられている現場が多くあります。これらの装備は体を守る役割を果たす一方で、通気性が悪くなり、体内に熱がこもりやすくなるという課題もあります。
さらに、製造ラインなどの狭いスペースでの立ち作業や、身体を頻繁に動かす作業では、自然な発汗による冷却が追いつかず、体温が急激に上昇してしまうこともあります。作業中に身動きを取りにくい状況や、機械との距離が近い状態が続くと、熱ストレスは無意識のうちに蓄積され、気づいたときには症状が進行しているという事態に陥る危険があります。
熱中症は単に暑さだけでなく、疲労の蓄積や水分・塩分不足が引き金となって発症するケースが多く見られます。特に、納期や生産計画に追われる工場では、交代制勤務や長時間の連続作業が常態化している現場もあり、十分な休憩やこまめな水分補給が取りづらいという問題があります。
「水は好きなときに飲めばいい」と思われがちですが、実際の現場では「作業を中断できない」「持ち場を離れづらい」といった事情から、水分摂取を後回しにしてしまうことが珍しくありません。さらに、若年層に比べて高齢の作業者は、喉の渇きを感じにくくなる傾向があり、自覚のないまま脱水状態が進行してしまうリスクも高まります。
このように、工場は「暑さの要因」と「予防しづらい構造的問題」が複合して存在するため、一般的なオフィスや屋外作業とは異なる、現場に即した熱中症対策が求められています。
工場での熱中症を防ぐには、作業員一人ひとりの意識向上だけでなく、現場の環境そのものを見直し、無理のない働き方を可能にする工夫が求められます。
これら4つの観点から、すぐに取り組める具体的な現場レベルの対策をご紹介します。
熱中症予防の基本は、作業環境の温度・湿度を可能な限り下げることです。空調設備の導入はもちろんのこと、全体冷房が難しい場合には、スポットクーラーや送風機を活用して作業員の周囲だけでも冷却する工夫が有効です。
また、排熱が多い機械周辺にミストファンや換気装置を設置することで、熱気のこもりを軽減できます。建物全体の換気効率を高めるために、天井や壁面の換気扇を増設する、屋根に遮熱シートを貼るといった工夫も、室温の上昇を抑える手段として検討する価値があります。
熱中症リスクの高い時間帯を避けた作業スケジュールの再構築も、重要な対策のひとつです。とくに外気温が高くなる正午〜15時前後の時間帯には、重作業や高温機械の操作を避け、比較的涼しい朝・夕に作業を振り分ける工夫が効果的です。
作業ごとの負荷に応じて適切な休憩時間を設ける、こまめに水分補給を促すタイミングを設定するなど、現場の状況に合わせた「熱中症予防の時間割」を作成すると良いでしょう。さらに、作業者を複数人で交代制にすることで、同じ人が長時間高温環境にさらされるのを防ぐことも有効な対策です。
熱中症予防の基本である水分補給ですが、実際の現場では「忙しくて水を飲む暇がない」といった状況が起こりがちです。そこで、各現場で「一定時間ごとに水分補給の時間を設ける」「始業前に飲む、休憩時に飲むといったルールを共有する」など、自発的に飲むのではなく“定期的に飲ませる”仕組みの導入が重要です。
さらに、発汗によって失われる塩分やミネラルの補給も見落とせません。水だけでなく、経口補水液や塩タブレット、スポーツドリンクなどを用意し、作業員が手に取りやすい場所に常備しておくことも有効です。
作業時の服装や装備も、体温のコントロールに大きく関わります。通気性が高く、速乾性のある素材の作業着を採用することで、汗が蒸発しやすくなり、体内に熱がこもるのを防げます。また、冷却ベストやネッククーラーといった冷感アイテムを併用することで、局所的な体温の上昇を抑えることが可能です。
ただし、安全性とのバランスも必要であり、防塵性や耐熱性を犠牲にしない範囲での最適な選択が求められます。現場の業種や作業内容に応じて、可能な限り身体の負担を軽減する服装を導入しましょう。
現場での熱中症対策を徹底するためには、作業者個人の判断や努力だけに頼るのではなく、企業や管理者が中心となって「予防」「監視」「対応」それぞれの仕組みを制度として整備することが欠かせません。
ここでは、組織的に取り組むべき3つの観点からの対策をご紹介します。
熱中症についての正しい理解が全従業員に浸透していなければ、初期段階の症状を見落としたり、対応が遅れたりする危険性が高まります。そのため、定期的に熱中症対策の研修や教育を実施することは、企業にとっての重要な義務といえます。
研修内容は、「熱中症が発生する原因」などの基本的な知識に加え、「「具体的な症状」「予防方法」「自分や周囲に異変があった場合の行動」など、現場で実践可能な内容を中心に構成することがポイントです。特に暑さに対する感受性が低下しやすい高齢の作業者や、現場経験の浅い若年層に向けては、繰り返しの確認と実践型の教育が効果的です。
また、現場リーダーや管理職には、温湿度の判断基準や危険度の高い作業内容を見極めるための専門的な知識も求められます。そのため、役割に応じた内容で研修を段階的に行うことが望まれます。
熱中症対策を確実に機能させるためには、現場の温度・湿度・作業者の状態をリアルタイムで把握するモニタリング体制が不可欠です。例えば、WBGT値(暑さ指数)を測定できるセンサーを各作業エリアに設置することで、「数値」に基づいた危険度の判断が可能となります。
また、作業員の状態を見守るために、定時の体調チェックや巡回点検を組み込むことも効果的です。近年では、ウェアラブルデバイスを活用し、作業者の体温や心拍の変化を検知してアラートを発するシステムも導入が進んでいます。これらを活用することで、熱中症の兆候を早期にキャッチし、重症化を未然に防ぐことが可能です。
どれだけ対策を講じていても、熱中症のリスクを完全に排除することは困難です。だからこそ、万が一の事態に備えた対応マニュアルの整備が必要です。発症者を見つけた際の応急処置の手順や、救急車を呼ぶ基準、搬送ルートの確認など、実際の現場で即座に行動できるような内容にしておくことが重要です。
加えて、定期的なシミュレーション訓練を通じて、マニュアルが「現場で使えるもの」になっているかを検証することも欠かせません。周囲の従業員が迅速に対応できる体制が整っていれば、救命率の向上や後遺症の軽減にもつながります。
企業として、ただマニュアルを用意するだけでなく、それを「生きたルール」として現場で機能させることが、本質的な熱中症対策と言えるでしょう。
工場現場における熱中症は、気温や湿度といった環境面の要因に加え、現場構造や作業環境、業務の進め方といった内的要因が重なって発生します。そのため、単に「水を飲もう」「休憩を取ろう」といった呼びかけだけでは不十分であり、現場の実態に即した予防策と、それを支える組織的な仕組みの整備が不可欠です。
とくに重要なのは、「予防」「早期発見」「仕組みづくり」の3つをバランスよく行うことです。予防では、空調や服装といった物理的対策を強化し、気づきでは作業者同士が異変にいち早く気づける教育と習慣づくりを進めていく必要があります。そして仕組み化の部分では、モニタリングやマニュアル整備といった組織として継続的に取り組める体制を構築することが、長期的な安全性向上に直結します。
働く人の健康と命を守ることは、企業にとって最も優先すべき責任です。熱中症を「気合い」や「個人の注意力」に委ねるのではなく、確実に防げる“管理できるリスク”として、今こそ真剣に向き合ってみてください。